TOP > コンテンツ一覧 >

中古カメラ・マニアックス

21
中古カメラ・マニアックス
「未知の写真表現の領域にたどり着くためなら、リスクを厭わず何でもする」そんな方のために、改造や分解を伴うマニアックな使い方をご紹介します。作業は自己責任で行って下さい。
公開日:2014/10/21

ベス単フード外し〜伝統のソフトフォーカスレンズ〜 概要編

photo & text 中村文夫

ペンタックスK3 + ヘリコイド接写リングK + ベス単フード外し


ソニーα7R + ベス単フード外し

ペンタックスK3 + ベス単フード外し


最近、デジタルカメラの世界でもソフトフォーカスレンズが流行の兆しを見せている。ほとんどのデジタルカメラはソフトフォーカスのデジタルフィルターを搭載、画像処理でソフトフォーカス効果が得られるが、本当のソフトフォーカスレンズで撮った写真に比べると不自然さが残る。画像処理による画像はあくまでもソフトフォーカス風でフィルター効果の域を出ない。やはりこの当たりの違いに気付き始めたユーザーが増えてきたのだろう。

ベス単フード外しとは?

今回紹介する「ベス単フード外し」は、ソフトフォーカスレンズ表現の代表とも言える古典的な手法だ。使いこなしは意外と難しいが、デジタルフィルターでは得られないノスタルジックな雰囲気の美しいソフトフォーカス写真が撮れる。またデジタルカメラとの相性も抜群で、発色が穏やかてデジタル特有の色収差なども目立たない。さらに「ベス単フード外し」がブームだった頃、ベストポケットコダック本体の中古価格は2万円前後と高価だったが、フィルムカメラ値下がりの影響で、現在の相場は半分以下。ソフトフォーカスレンズとしては手頃な値段で手に入ることも大きな魅力と言えるだろう。

ベスト・ポケット・コダック(Vest Pocket Kodak)
1912年にイーストマンコダックが発売した折り畳み式小型カメラ。画面サイズは40×65ミリで裏紙付ロールフィルムを使用。1926年に製造が中止されるまで約180万台が製造された。写真のカメラはカナダ工場で製造された後期型。製造年代によってデザインが若干異なるが、レンズの光学系を含め基本機能は変わっていない。

名機ベストポケットコダック

ベストポケットコダック(以下VPKと表記)は1912年にイーストマンコダックが発売した小型カメラ。商品名のベスト(Vest)とは、チョッキ(袖無しの上着)の意味で、折り畳むとベストのポケットに収まるほどコンパクトなことからこの名が付いた。普及機という位置づけながら、誰もが簡単に使えきれいな写真が撮れることから、世界中で大ヒット、およそ180万台が販売された。なかでも日本では、輸入品としては比較的安価だったため、初心者からハイアマチュアまで多くのカメラファンに愛された。

使用フィルムは127で画面サイズは40×65ミリ。日本ではベストフィルム、ベスト判などと呼ばれるが、これはVPKの功績によるものだ。




折り畳んだときの厚みは約26ミリ。ベストのポケットに収まってしまうほどコンパクトだ。 後期モデルの背面にはメモ記入用の窓があり、付属の鉄筆を使ってフィルムに直接データを書き込む。Exifの元祖?

VPKにはベス単という愛称があるが、これはVPKのレンズが単玉だったことに由来する。見かけ上は1枚のレンズだが、正確には1群2枚で、2枚のレンズを貼り合わせたもの。この時代の普及機では当たり前のスペックだが、レンズの最大径より口径が小さなフードを付け、常時絞った状態で使うことで高画質を実現していた。

開放F値の公称値はF11。当時のフィルム感度は非常に低く(ISO4程度)、暗い 場所での撮影は苦手だった。そこでこの欠点を補うため、1920年頃、フードを 外す撮影方法が考案される。だがこの方法には収差の増大によるソフトフォーカスというオマケが付いていた。しかし好き者たちがこの描写に着目。VPKでソフトフォーカス写真を撮ることが流行する。これが「ベス単フード外し」 で、多くのカメラマンが傑作を残している。



第二次「ベス単フード外し」ブーム到来


時代は下り、1970年頃、第二次「ベス単フード外し」ブームが到来する。第一次ブームのときはVPKボディを利用しベスト判で撮影していたが、そのままだと像面湾曲のため画面周辺部の画質が著しく低下してしまう。そこで多くのユーザーは画質の良い画面中央部だけをトリミングして作品を仕上げていた。これに対し第二次ブームではボディに35ミリ一眼レフを使用。レンズをカメラ本体から取り外し、既存のヘリコイドにセットして使われた。35ミリ判なら画質の悪い部分を使わずに済むばかりか、72.2ミリという焦点距離は35ミリ判の中望遠レンズに相当するので落ち着いた作品づくりにぴったり。さらにピントが固定式でファインダーも簡易型だったVPKに対し、一眼レフなら撮影意図に沿った的確なピント合わせと構図決定が可能。また第一次ブームの頃には考えられなかったカラー撮影ができるなど表現の幅が一気に拡大した。第二次ブームでは、多くの作家が作品を発表。なかでも植田正治が身近な風景をベス単特有のノスタルジックな描写でまとめた写真集「白い風」が有名だ。



デジタルフィルターとベス単フード外しの比較


デジタルフィルターを使用した画像は被写体の輪郭がシャープでフレアの出方も控えめ。いかにもデジタル加工したという仕上がりだ。これに対しベス単フード外しは輪郭が柔らかくフレアの量も多め。ソフトフォーカスレンズの醍醐味が存分に味わえる。


通常のズームレンズを使用し、デジタルフィルターのソフトフォーカスで撮影。
(ソニーα7R・デジタルフィルター強)


ベス単フード外しで撮影
(ソニーα7R)


写真集「白い風」で植田正治が使用した機材を再現。第二次ブームのときは35ミリ一眼レフが主役だった。


「ベス単フード外し」は、この後「準備・改造編」「撮影編」とつづきます。


<参考文献>
ミラーイメージ・ペンタックスギャラリーニュース27 特集ベス単の研究(旭光学工業刊)
カメラレビューNo.28 特集ソフトフォーカスの世界(朝日ソノラマ刊)



中村 文夫(なかむら ふみお)

1959年生まれ。学習院大学法学部卒業。カメラメーカー勤務を経て1996年にフォトグラファーとして独立。カメラ専門誌のハウツーやメカニズム記事の執筆を中心に、写真教室など、幅広い分野で活躍中。クラシックカメラに関する造詣も深く、所有するカメラは300台を超える。日本カメラ博物館、日本の歴史的カメラ審査委員。