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中古カメラ・マニアックス

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中古カメラ・マニアックス
「未知の写真表現の領域にたどり着くためなら、リスクを厭わず何でもする」そんな方のために、改造や分解を伴うマニアックな使い方をご紹介します。作業は自己責任で行って下さい。
公開日:2014/12/01

ベス単フード外し〜伝統のソフトフォーカスレンズ〜 準備〜撮影編

photo & text 中村 文夫
概要編につづいて、実際に「ベス単フード外し」を制作する方法と、撮影までを解説いたします。

用意するもの


VPK(ベスト・ポケット・コダック)本体
1912年にイーストマンコダックが発売した127フィルムを使う折り畳み式カメラ。1926年まで製造が続けられたロングセラー商品で、写真のカメラはカナダ工場で製造された後期型。「ベス単フード外し」ではレンズをシャッターユニットごと外して使うので、蛇腹やボディは痛んでいても構わない。


ヘリコイド接写リング(写真中央)
ピント調節のため伸縮可能なヘリコイド接写リングが必要。今回は手持ちのペンタックス製を利用したが、すでに発売中止。これから「ベス単フード外し」を楽しむなら、トミーテック製のM42ヘリコイドリングが便利。このほかeBayなどでも中国製の安価なリングが手に入る。

ボディマウントキャップ(写真右)
シャッターをユニットをヘリコイド接写リングに取り付けるために使用する。(本記事では顕微鏡対物レンズ用アダプターを使用。開口部の径がベス単レンズにぴったりなので工作不要だが、これも製造中止)

マウントアダプター(写真左)
ヘリコイド接写リングとデジタルカメラ本体のマウントが異なる場合に使用。このほかフランジバック調節のため接写リングが必要になることがある。



レンズ交換式デジカメ
撮影に使用するデジカメは、基本的にレンズ交換式ならOK。一眼レフでもミラーレス機でも構わない。ただしセンサーサイズが小さいと画角が狭くなるので、マイクロフォーサーズ以上のカメラがお勧め。


作業の手順


レンズの取り外し
前板に蛇腹を固定している4本のネジを外す。



カメラを折り畳み背面赤窓を反時計方向へ回転させて外す。


開口部にレンズオープナーを差し込み、レンズを固定しているリングを取り外す。
*背面側での作業



シャッターユニットをボディから分離。


シャッター後部の光学系を枠ごと反時計方向へ回転させ取り外し、レンズ表面をクリーニング。


前側のフードを反時計方向へ回転させて外す。シャッターをTにセットし開放状態をキープ。絞り羽根を開閉させ動きを確かめる。動きが悪いときはベンジンで表面を軽く清掃。潤滑剤とて鉛筆の芯の粉を振りかけ何回か開閉させる。



使用するヘリコイド接写リングのマウントに合ったボディキャップを用意。中央に直径19ミリの穴を開け、シャッターユニットを嵌めリングを締めて固定する。

いよいよ撮影編へ


カメラボディについて

撮影に使用するデジカメは、基本的にレンズ交換式ならOK。一眼レフでもミラーレス機でも構わない。またセンサーサイズが小さいと画角が狭くなるので、M4/3以上のカメラがお勧め。

カメラへの装着

VPKレンズを取り付けたヘリコイド接写リングをカメラに装着する。VPKレンズのバックフォーカス(レンズ後面からセンサーまでの距離)は約74ミリ。接写リングなどを用意し、使用カメラボディに合った厚みに調整して無限遠を出す。またヘリコイド接写リングをボディに取り付けるために、マウントアダプターが必要になることがある。


ペンタックスK3+ヘリコイド接写リングK



ソニーα7R+ヘリコイド接写リングK+K→Eマウントアダプター
組み合わせによってはフランジバックを調節するために、別途接写リングなどが必要になることも。



ベス単レンズの光学系
レンズ構成は1群2枚。平凹、平凸レンズを平面で貼り合わせたメニスカス・アクロマチックだ。


露出について

撮影モードは絞り優先AEが便利。ただし条件によって露出が大幅に狂うので、撮影画像を確認し必要に応じて露出を補正する。

ピント合わせについて

ソフトフォーカスレンズを使いこなすうえでいちばん難しいのがピント合わせ。「ベス単フード外し」のように球面収差を利用したソフトフォーカスレンズの場合、「被写体の輪郭がシャープに見えるピント位置」と「フレアが大きく発生するピント位置」が違うので、どこにピントを合わせるかによって作品のイメージが大きく変わってしまう。いわば通常のレンズのような合焦という概念は通用せず、撮影者の表現意図に合った位置がベストピントということになる。

レンズ交換式デジタルカメラのファインダーには光学式ファインダー(OVF)とLCDによる電子式ファインダー(EVF)の2種類がある。実際に両者の方式で撮影してみて、使いやすかったのはOVF。OVFはヘリコイドの回転によって微妙に変化するフレアの量がはっきり分かるし、実際に写真に写る画像との差が少ない。これに対しEVFは、フレアの出方に滑らかさがなく、段が付いたように再現される傾向がある。さらに表示画素数の多い高精細EVFならばOKだが、画素数が100万以下のEVFだとフレアがLCD上に再現されずフレア量が確認しにくい。つまりOVFのカメラなら問題なく使えるが、EVF方式の中にはお勧めできないカメラがあるということだ。またミラーレス機の場合、ライブビューよりEVFを使った方がフレアの出方が分かりやすい。



ピント位置とソフトフォーカス効果


ファインダーで被写体の輪郭が最もシャープに見えるピント位置で撮影。フレアの出方は、それほど多くない。


ほんの少し前ピンで撮影。フレア量が増えソフトフォーカスらしくなった。


さらに前ピンで撮影。フレア量がさらに増えソフトフォーカスらしさが強調された。


比較のため後ピンで撮影。被写体全体が不鮮明になり、ただのピンぼけ写真になった。
【共通データ】ペンタックス K-3 1/60秒 絞り開放 -1EV補正 ISO400 WBマニュアル カスタムイメージ鮮やか ローパスセレクターType1


絞りによるソフトフォーカス効果の変化

ベス単のような球面収差を利用したソフトフォーカスレンズは、絞りを絞るとフレアの量が減り、ソフトフォーカス効果が少なくなる。



絞り開放(F6.8相当)で撮影。

*撮影時の絞りの状態



絞り開放と目盛り1の中間で撮影。





目盛り1(F11相当)で撮影。フレアが消えシャープな像になった。なおF11がフードを付けた状態に相当する。



以上のようにベス単フード外しでソフト効果を調節する方法は2通りある。だが写真を見れば分かる通り、絞りを変えるよりピント位置を変えたときの方が、フレア量の増減幅が広い。実際の撮影では、絞り開放、あるいは半段ほど絞った状態のままピント位置を移動させフレア量を調節すると良いだろう。


MFアシスト機能とベス単フード外しの相性について

ほとんどのデジタルカメラはMF時のピント合わせを補助するMFアシスト機能を備えている。これを利用すれば、ベス単レンズでも簡単にピント合わせができそうに思えるが、現実はそんなに甘くない。すでに説明した通り、ベス単フード外しのソフト効果はピント位置が大きな鍵を握っているが、MFアシストは「被写体の輪郭がシャープに見えるピント位置」を合焦と判断する。つまりMFアシストに頼ってピントを合わせるとフレアの量が減り、ソフトフォーカスらしさが半減してしまう。これを避けるには、MFアシストでピントを合わせてからヘリコイドをわずかに繰り出し、少しだけ前ピンにする方法が有効だ。理想は光学ファインダーのマット面の像を見て、画像の仕上がりが予想できることがだが、この域に達するには、それなりの慣れが必要。最初のうちは「MFアシスト+ピントずらし」でスキルを磨くと良いだろう。


カメラのMFアシスト(フォーカスエイド)で合焦表示が出たピント位置で撮影。ワインラベルの文字などはシャープに再現されたが、ソフトフォーカスとしてはもの足りない。


わずかに前ピンで撮影。(ピント1※)


さらに前ピンで撮影。(ピント2)
ベス単フード外しのソフトフォーカス効果は、ほんの少しヘリコイドを動かしただけで大きく変わる。どちらが良いかという判断は最終的に撮影者の主観に委ねられる。


【共通データ】
ペンタックスK-3 絞り開放から約1/2段絞った状態 -1EV補正 ピント2 ISO1600 WBマオート カスタムイメージ鮮やか ローパスセレクターType1

※ピント位置の表記について
ピント1→被写体の輪郭が最もシャープに見える位置から、やや前ピンぎみで撮影
ピント2→ピント1よりさらに前ピンにしてフレアを強調



フレア量を重視し、前ピンで撮影。
ソニーα7R 1/60秒 絞り開放 ピント2 +0.7EV補正  ISO160 WBオート クリエイティブスタイルスタンダード


中央部分を拡大。画面全体を見るとピンぼけのような印象だが、拡大すると船名のアポロの文字が読める。ことから分かるように、ベス単フード外しのシャープさとソフトフォーカス効果は、微妙なバランスの上に成り立っている。


ソフトフォーカスの失敗例


明るい被写体の周辺に発生したフレアは背景が暗いとはっきり見える。この関係が逆転すると、写真のように被写体に中にフレアが食い込み不自然になる。フレアを美しく出すには明るい被写体を暗い背景で撮影すると良い。
ペンタックスK-3 1/50秒 絞り開放 +0.7EV補正 ISO400 WBマニュアル カスタムイメージ鮮やか ローパスセレクターType1


ベス単フード外しギャラリー


シルバーのカランや白い洗面台の周辺に発生したフレアが、ブルーのタイルにきれいに溶け出し、ベス単らしい描写になった。
ペンタックスK-3 1/50秒 絞り開放 ピント2 ISO1600 WBオート カスタムイメージ鮮やか ローパスセレクターType1


フレアを抑え気味にして欄の花をシャープに再現した。
ペンタックスK-3 1/60秒 絞り開放 ピント1 -1Ev補正 ISO1600 WBオート カスタムイメージ鮮やか ローパスセレクターType1


フレアを多めしてノスタルジック感を強調。高感度ノイズのお陰でフィルムで撮ったような雰囲気になった。
ソニーα7R 1/40秒 絞り開放 ピント2 +0.3Ev補正  ISO3200 WBオート クリエイティブスタイルスタンダード



ハイライトの中にグラスを置き、通常とは逆にフレアが内側へ向かって発生する効果を狙ってみた。
ペンタックスK-3 1/100秒 絞り開放 ピント2 ISO1600 WBオート カスタムイメージ鮮やか ローパスセレクターType1


イエローボディのタクシーをぼかしぎみにしてフレアを強調。
ペンタックスK-3 1/800秒 絞り開放 ピント2 -1Ev補正 ISO1600 WBオート カスタムイメージ鮮やか ローパスセレクターType1



カラフルなランドセルを背負った小学生が良いアクセントになった。
ペンタックスK-3 1/125秒 絞り開放 ピント2 -1.7Ev補正 絞り開放 ISO800 WBオート カスタムイメージ鮮やか ローパスセレクターType1


ベス単レンズで夜景を撮ると点光源の周辺にきれいなフレアが発生する。
ソニーα7R 1/60秒 絞り開放 ピント2  
-1.3Ev補正  ISO400 WBオート クリエイティブスタイルスタンダード


最高感度のISO25600で撮影。ノイズが目立つが、高感度フィルムの粒状感のような効果が出せる。
ソニーα7R 1/20秒 絞り開放 ピント2  
-1.3Ev補正  ISO25600 WBオート クリエイティブスタイルスタンダード


カスタムイメージ銀残しを選ぶとモノクロとカラーの中間のような不思議なトーンになる。通常のカラー撮影だけでなく、違う種類のカスタムイメージやトーンを組み合わせても面白い効果が出る。
ペンタックスK-3 1/15秒 -1Ev補正 絞り開放 ピント1 ISO1600 WBオート ローパスセレクターType1


<参考文献>
・ミラーイメージ・ペンタックスギャラリーニュース27 特集ベス単の研究(旭光学工業刊)
・カメラレビューNo.28 特集ソフトフォーカスの世界(朝日ソノラマ刊)



中村 文夫(なかむら ふみお)

1959年生まれ。学習院大学法学部卒業。カメラメーカー勤務を経て1996年にフォトグラファーとして独立。カメラ専門誌のハウツーやメカニズム記事の執筆を中心に、写真教室など、幅広い分野で活躍中。クラシックカメラに関する造詣も深く、所有するカメラは300台を超える。日本カメラ博物館、日本の歴史的カメラ審査委員。