TOP > コンテンツ一覧 >

南雲暁彦のThe Lensgraphy

54
南雲暁彦のThe Lensgraphy
公開日:2024/02/22

Vol.23 Leitz Hektor 125mm F2.5 (ビゾフレックス用)「青い炎」

南雲暁彦
肉体は魂の器なのか、ではその器が壊れた時それはどこに行くのか。そもそも行く場所などあるのか。

Leitz Hektor 125mm F2.5 プロジェクター用のレンズを基に、1954年に発売された中望遠ハイスピードレンズだ。ビゾフレックスI用のレンズなので、ビゾフレックスII、IIIに装着するにはOUBIO/16466というアダプターが必要となる。今回はそこからさらにRAYQUALのビゾフレックス-ライカSLマウントアダプターを介してSL2-Sで使用した。3群4枚というシンプルなレンズ構成だが驚くほどずっしりと重く、この時代の作りをその重みと共に感じることができる。
 

125mm F2.5というスペックは非常に珍しい、それでも想像がしやすい領域でもあり、つまりぜひとも人を撮るのに使ってみたいと思うのは自然なことだろう。知り合いの家にあったアート作品のように美しい照明器具にふっとレンズを向けて撮影してみたのがこのヘクトールのファーストショットだったのだが、うん、やはり。これで人を撮るのが余計楽しみになった。


Leica SL2-S Reporter + Hektor 125mm F2.5 (以下同)
1/800秒 F2.5  ISO3200




創造的時間の流れ

僕が写真を教えている美大の中に印象的な学生がいて、おそらく色々なことにしっかり取り組む性格の持ち主なのだろうが「写真」に関しても真摯に向き合い、技術にしてもコンセプトにしても記憶に残る骨のある作品を撮っていた。僕自身その学生が創る写真以外の作品も気になり展示など見に行ったりしていたのだが、そういう人物は被写体としても魅力があるもので、今回は僕のカメラの前に立ってもらうことになった。

特に撮影されることに慣れているわけでもなく、そういう経験もないというのに二つ返事でこの時間は決まり、まあ堂々と、淡々としている学生だ。


1/800秒 F2.5  ISO400


1/100秒 F2.5  ISO400

レンズを向けてしまえば、そこにいるのはフォトグラファーと被写体である。その空間は雑踏と隔絶した違う次元となり、その中では創造的時間が流れている。

タングステンフィルムをデイライトで使う時の色が昔から好きだった、写真独特の青みがかった空気は自分が作り出した撮影世界を感じさせてくれる。愛機SL2-Sのホワイトバランスをタングステンに設定しファインダーを覗いた。ヘクトール開放絞りの柔らかい描写は強い光を膨らませ、滲ませ、弱い光を厚く蓄積させていく。


1/800秒 F2.5  ISO400


1/2000秒 F2.5  ISO400

125mmという焦点距離は面白い。少しお互いの距離は離れるが、ファインダーの中でその距離は適度に縮まり、被写体の周りを光画として作られた世界に変えていく。ポートレートの撮影は、やはり風景やスナップを撮っている時とは全くコミュニケーションが違って、人が人を取り込んでいく感覚が強い。光の中で深い視線がレンズに注がれ、それを受け取る、淡いブルーの時間が流れていく。


1/100秒 F2.5  ISO3200



そういうもの

作品について話をした。

「私、よくある今まで描かれてきたような死後の世界に違和感があるんです」

「どんなふうに」

「天国や地獄みたいに華やかで激しいものでもないし、かといって無でもない。ただ何も感じない、けどなにか存在するような不思議な世界に行くんじゃないかなと考えてま
す。」

「何か自分が今まで関わってきたことでそういう死生観が生まれたの?」

「いえ、私の周りはみんな元気で、そういう直接的なことの経験はないんですけど」

「じゃあどうしてそういう思考にたどり着いたのかな」

「なんとなく、そういうものだと思うんです。今の生きてる自分じゃ感じることの出来ない、でも死後には違和感や別の感覚として何かは感じるみたいな」


1/100秒 F2.5  ISO3200

変に他の物にこねくり回されていたり直接的な経験から生まれていないからか、逆に素直にそうかもしれないな、と思った。いや実は多くの人がそれをなんとなくわかっていて、でも存在を続けたかったり、救われたかったりしたいから色々と考えてそういう死後の世界が具体的に生まれている。そういうことか。

そして、それは不自然だと彼女はいうのだ。



1/100秒 F2.5  ISO3200


1/250秒 F2.5  ISO3200

このレンズには絞り羽根が20枚も使われていて、ほとんど完全な円形絞りになる。とはいえビゾフレックレンズの中では最大口径であり、やはり開放を楽しみたくなるレンズだ。お約束の「絞ればカリッと」なのでその豹変ぶりを楽しむのも良いだろうが、今回の撮影では開放と合わせて逆にアウトフォーカスの描写が作品として好ましかったのでそういう使い方をしている。



本当にこの時代のLeitzのレンズはオーバークオリティーとも思える作りのものがあり、それはフードやキャップにまで及ぶ。これはマウント側のキャップがすごい。お皿のように広がった形状のガッチリしたメタルでできていて、上からフードを逆さまに被せると写真のようにつるんとした重たい金属の塊になる。レンズ自体は3群4枚と少ないので、重さはこのフルメタル重装甲によるところが大きいはずだ。



最短撮影距離は1.2mということになっているが、その指標を超えて1mぐらいかなと思われるところまで回転する。ところがこれはやってはいけないことで、最短、無限遠方向どちらも回し切ってしまうとフォーカスリングが噛んでしまいギチッと動かなくなってしまう。反対に強く回せば戻るのだが、こうならない様に使い方には気をつけたい。



そして、今回の撮影の立役者とも言えるのがRAYQUALのマウントアダプターだ。これのおかげでSL2-Sにしっかりと装着でき、快適な撮影環境を支えてくれた。作りの良さは一線を画すものがあり、マウントアダプターはこのRAYQUAL一択だと思っている。



刹那

ふっとレンズを向けて、フォーカスを合わせる前の絵が気持ちよくて、そのままシャッターを切ることが何回かあった、そういうレンズだ。


1/320秒 F2.5  ISO3200

フォトグラファーの存在も意識しているし、撮られていることもわかっているのだが彼女を取り巻く時間の流れが全く変わらない、変調することが全くないのだ。

過去だからゆっくりとしいて、今はせかせかしていて、未来は光速のように、みたいな感覚はリアルではない、そう言われているみたいに感じた。
70年前のレンズで、今の時代のフォトグラファーが、未来に向かって歩いていく若者を撮っている。それは同じ時間の流れの中にいて、皆等速で彼の地へ無に向かうのだから各々が今素直にやりたいことをやればいい、そういうことだろうと思う。


1/320秒 F2.5  ISO3200


1/100秒 F2.5  ISO3200


1/80秒 F2.5  ISO3200


1/250秒 F2.5  ISO3200

「卒業制作は絵を描こうと思っています。最後に本当に自分のやりたいことを、描きたいものを描きます。」

「うん、それがいい」

さっきまでより少しだけ大きな炎が彼女から立ち上ったように感じた。この言葉が聞けて本当に良かったと思う。この淡々とした、それでも情緒的な感覚は面白い。
ヘクトールはたかだか70年前のレンズで、それを難なく使いこなし、僕は僕で今欲しい絵を手に入れる。欲しい時間を刻み込む。


1/320秒 F2.5  ISO3200


1/320秒 F2.5  ISO3200

すっかり陽が落ちて、思ったより冷たく強い風が吹いてきた、終わりの合図だ。

「お疲れ様、ありがとう。」

駅に向かう途中、赤ちょうちんが並ぶ高架橋の下を通った、普段ならあまりそういう場所は撮らないのだが、今日はちょっと、ここの雰囲気が面白い。

「ごめん、最後のワンシーン」

そう言ってシャッターを切った、やはり存在感が浮き彫りになる。エンディングとして欲しかった絵が撮れ、これがラストショットとなった。


1/30秒 F2.5  ISO12500

彼女と別れた後、冷却のためのアイドリングをするように街を歩いた。静かなる、しかし青い炎を見ているような時間をすごしてきて、エピローグ的な時間が自分に必要だったように思うし、写真としてもそういうものが必要に感じた。だんだんと空気の色も戻っていく感覚がある。
だからこのスナップは特に意味のない写真なのだが、あったほうが少し落ち着くだろう。こういうヘクトールの写真も悪くない。


1/30秒 F2.5  ISO12500


1/320秒 F2.5  ISO12500

撮る側も、撮られる側も、機材も、あまり撮影を意識するものではなかった。僕がいて、学生がいて、ヘクトールがあった、そんな時間が一瞬流れただけだ。

「刹那」それだけが写真の本質かもしれない。

出演:櫻井彩日

協力:RAYQUAL(レイクオール)
https://www.rayqual.com/

VISO-LA ライカ ビゾフレックスレンズ→ライカLマウント用マウントアダプター
https://www.rayqual.com/VISO.html
https://www.rayqual.com/pic/gaikan/VISO/VISO-LA.html

<プロフィール>


南雲 暁彦 Akihiko Nagumo
1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。
日本大学芸術学部写真学科卒、TOPPAN株式会社
クリエイティブ本部 クリエイティブコーディネート企画部所属
世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。
近著「IDEA of Photography 撮影アイデアの極意」 APA会員 知的財産管理技能士
多摩美術大学統合デザイン学科・長岡造形大学デザイン学科非常勤講師


公式サイト
X
Instagram
note

 

<著書>


IDEA of Photography 撮影アイデアの極意



Still Life Imaging スタジオ撮影の極意
 
BACK NUMBER