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カメラアーカイブ

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カメラアーカイブ
巷に溢れる新製品情報。そんな情報の波に埋もれてしまっている魅力的なカメラたちがある。メーカー開発者たちが、心血を注いで創りだした名機の魅力を蓄積していく。
公開日:2012/07/19

バルナック型ライカ

Photo & text 中村文夫

バルナック型ライカの系譜


ライカのレンジファインダー機は、1954年に登場したM3を境に、旧世代と新世代に大きく分けることができる。今回紹介するのは旧世代のカメラ。具体的には1925年発売のライカA型(正式名称はライカI型)から1957年発売のIIIgまでの製品がこれに当たり、設計者のオスカー・バルナックの名前からバルナック型と呼ばれている。


バルナック型ライカ誕生の経緯は諸説あるが、ライカ社の公式見解では、当時ライカ社が生産していた映画撮影用カメラの露出検査のためにに開発されたことになっている。このカメラの性能が非常に優れていたため、スチル写真撮影用に設計しなおし、製品化されたというわけだ。 



Urライカ(ウルライカ)
オスカー・バルナックが、1913年に製造した試作機。2台製造されたうち一台が現存している。Urはドイツ語で原型の意味。


ライカ0型
1923年、量産を前提に31台の試作機が製造された。シャッターチャージの際、シャッター幕が自動的に閉じるセルフキャッピング機構が搭載されていないため、フィルム巻き上げ時は付属のレンズキャップで遮光しなければならない。奥がオリジナルで、手前はライカ誕生75周年を記念して2001年に発売された復刻版。


ライカA型(1925年)
市販第1号機。正式名称はI型。ライカは後に登場したB型とC型も、I型の発展型と位置付けたため、これらと区別する意味で現在ではA型と呼ぶのが一般的。初期の製品はエルマックス50ミリF3.5付きだったが、後にエルマー50ミリF3.5に変更された。

ライカの市販第一号機は、1925年発売のライカA型である。当時のカメラは、大サイズの乾板を使うプレートカメラが主流だったが、ライカは映画用35ミリを使い、映画の2コマ分に当たる24×36ミリという小さなフィルムサイズをを採用。画質の問題が懸念されたが、レンズの高性能化を図ることで、これを解決した。つまり「小さなネガから大きなプリントを得る」という発想で、それまでのカメラの概念を塗り変えることに成功したのだ。 

シャッターは1/20〜500秒のフォーカルプレン式。フィルムを巻き上げに連動してシャッターがチャージされるセルフコッキング機構を搭載しているので、撮影後にフィルムを巻き上げておけば、いつでもシャッターが切れチャンスを逃がさない。カメラがコンパクトであることに加え、速写性に優れていたので、高い機動性が要求される報道写真などの分野で重宝された。

ライカA型に装着されたレンズの焦点距離は50ミリ。現在35ミリカメラの標準レンズが50ミリに決められているのは、後発メーカーがライカに倣ったためと言われている。レンズは固定式で、後にライカのセールスポイントになる距離計連動も実現していなかった。



ライカB型後期型(1926年)
スローシャッターを実現するため、コンパー製レンズシャッターを搭載して登場。シャッターの型式により前/後期型がある。

A型発売の翌年、B型が登場する。このカメラは、低速シャッターが使えないA型の欠点を補うため、コンパー製レンズシャッターを搭載。ただしフィルム巻き上げとシャッターチャージが連動しておらず、二重写しや空写しの危険性があるばかりか、速写性にも劣るため短命に終わる。


ライカC型(1930年)
ライカとして初めてレンズ交換が可能になった。このとき採用されたのが、ねじ込み式のライカスクリューマウントだ。

1930年に登場したC型は、ライカで初めてレンズ交換に対応。このとき初めてねじ込み式のライカスクリューマウントが採用された。ただし最初はフランジバックが統一されておらず、ボディごとに調整された専用レンズしか使えなかった。これでは不便なので、まもなくフランジバックを統一。ライカスクリューマウントの規格が完成した。


レンズを外した状態。初期の製品は専用レンズしか使用できなかったが、後にフランジバックを統一。レンズとボディの高い互換性が実現した。フランジバックが統一された製品のマウントには0マークの刻印がある。


単独距離計
C型までのピント合わせは目測式。正確なピント合わせのため、アクセサリーシューに取り付ける単独距離計が用意されていた。

こうしてレンズ交換が可能になったが、ピント合わせは依然として目測式。あるいはアクセサリーとして用意された距離計(レンジファインダー)を使わなければならなかった。


ライカDII型(1932年)
ライカで初めて距離計を内蔵。レンズのヘリコイドの回転に連動して距離計内の二重像が移動。ぴったり重ねるとピントが合う。正式名称はII型。C型の次の製品なのでDIIと呼ばれている。

そこで1932年、距離計を内蔵したライカDIIが登場する。このカメラはマウント内に距離計連動用アームを装備。レンズのヘリコイドを回すとレンズ後端の部材がアームを押し、カメラ内蔵の距離計を作動させる。この機構のお陰で、確実かつスピーディなピント合わせが可能になった。ただし距離計用接眼レンズが構図決定用のファインダーとは別に設けられていたので、ピント合わせとフレーミングが同時にできなかった。


ライカDIIの背面
ボディ左上並んだ2つの接眼レンズのうち、左側が距離計で右側がファインダー。DIIでは2つの接眼レンズの間隔が離れている。


距離計内蔵ボディは、マウント内に距離計連動用アームを備えている。(写真はIIIf)


ライカDIII型(1933年)
フォーカルプレンシャッターに1秒までのスローシャッターを追加。レンズ左上にある小さなダイヤルがスローシャッター用だ。この機種からストラップ取り付け用金具が付いた。

1933年登場のDIIIはフォーカルプレンシャッターに低速シャッターを追加。1秒までの低速シャッターが使えるようになる。こうして距離計連動と低速シャッターが実現。これにレンズ交換を加えライカの三大特徴が実現した。1935年発売のDIIIaは、シャッター最高速が1/1000秒に。1938年発売のDIIIbでは、ファインダーブロックのみダイカスト製に改良された。
DIIIまでのカメラボディは、金属板を曲げた部品を組み合わせた“板金加工”で作られていた。この方式は高い組立技術が要請されるため量産に向かず、さらに衝撃に弱いという欠点があった。


ライカDIIIに望遠レンズを装着。ボディ側のファインダーは50ミリ専用なので、違う焦点距離のレンズを組み合わせた場合は、アクセサリーシューにビューファインダーを取り付ける。


ライカスタンダード(1932年)
DIIから距離計を省いたモデル。C型と基本スペックはほとんど同じだが、巻き戻しノブの直径が小さい。


ライカIIIC(1940年)
このモデルからボディ構造がダイカスト製になった。

1940年に登場したIIICは、ライカとして初めてダイカスト製ボディを採用。量産が可能になると同時に信頼性が一段とアップした。ただし第二次世界大戦による物資欠乏のためメッキの質が悪く、現在では外装に錆が出ているものが多い。IIICの姉妹機には、スローシャッターを省略したIIC。さらにファインダーも省いたICがある。


IIICの背面。距離計とファインダーのアイピースのつの間隔が狭く隣り合っている。
この形状になったのはDIIIbから。


ライカIC(1949年)
IIICから距離計とスローシャッターを省略。


ライカIIIf(1950年)
フラッシュ同調装置を内蔵した最初のモデル。
(写真のカメラは1952年発売の赤ダイヤルセルフなし)

1950年登場のIIIfは戦後初の新製品だ。最大の特徴は、当時アメリカを中心に普及していたフラッシュバルブのシンクロ機能を装備したこと。シャッターダイヤルの下にシンクロダイヤルがあり、使用するバルブの種類に合わせて1〜20の数字をセットしてフラッシュを同調させる。IIIfには、ダイヤル文字の刻印が黒い前期型と赤い刻印の後期型がある。また1954年からセルフタイマー付きのモデルも生産された。IIfは、IIIfからスローシャッターを省略。Ifはファインダーも省かれたモデルだ。


ライカIIIf赤ダイヤルセルフ付き(1954年)


シャッターダイヤルの下にシンクロダイヤルがあり、1〜20のコンタクトナンバーが刻まれている。赤文字が後期型で黒文字が前期型。


ライカIf(1952年)
IIIfから距離計とスローシャッターを省略。


ライカIIIg(1957年)
M3の後に登場したバルナック型最後のモデル。ファインダーにM3と同様のパララックス自動補正式ブライトフレームを採用している。右から二番めの小さな四角い窓が採光窓。シャッタースピードの系列もM3と同じ等倍式だ。

1957年に登場したIIIgは、バルナック型最後のモデル。ライカM3発売後の製品だが、旧タイプを使いたいという熱心なファンの声に応えて登場した。デザインはバルナック型だが、M3で初めて採用されたパララックス自動補正機構付き採光式ブライトフレームを装備。バルナック型カメラの中で最も完成度が高く実用性の高いモデルだ。姉妹機にファインダーを省略したIgがある。


ライカIg(1957年)
IIIgから距離計を省略。

ライカスクリューマウントについて


ライカ社以外のメーカーが製造販売したスクリューマウントレンズ。前列左からニコン、コムラー、ミノルタ。中列左からキヤノン、ロシア製、フジ。後列左からシュタインハイル、エイコール。このほか多くのカメラメーカーが、スクリューマウントレンズを手掛けていた。

ライカスクリューマウントは、口径39ミリ、ピッチ27山/インチのねじ込み式マウント。正式名称はライカスクリューマウントだが、ライカのLとその口径からL39、あるいは単純にLマウントと呼ばれることも多い。ライカC型で採用されたこのマウントは、まったく規格が変わることなく、最終モデルのIIIgまで採用された。さらにこのマウントは、レンズ交換式レンジファインダー機のスタンダードとなり、世界各国で、ライカと互換性のあるカメラや交換レンズが製造された。そのためライカ社以外のメーカーが製造したレンズもライカ製ボディに装着可能。個性的なレンズの描写が堪能できる。

ライカがスクリューマウントレンズを製造した期間は、実に30年以上。この間に数々の名レンズが誕生した。さらにサードパーティ製を加えれば、その種類は膨大な数に上り、今でも中古カメラ市場に大量の商品が流通している。


1990年代後半に起こったライカブームの際に登場した製品。いわば新世代のライカスクリューマウントレンズだ。手前左から、コニカ、フォクトレンダー。後列左からメディアジョイ、アベノン、ペンタックス。このほかリコーやミノルタもライカスクリューマウントレンズを発売した。

このほか1990年代後半、日本で起こったライカブームの際、ミノルタ、リコー、ペンタックス、コシナなどの日本のカメラメーカーが、こぞってライカスクリューマウントレンズを発売。なかでもコシナは、フォクトレンダーとカールツアイスブランドのレンズを今でも製造中。つまりクラシックレンズだけでなく、現在の技術で設計製造されたレンズもバルナックがライカに使用できる。


ミラーレス機
マウントアダプターを用意すれば、ミラーレスのデジタルカメラにも、ライカスクリューマウントレンズが装着できる。

さらにライカスクリューマウントレンズは、Mマウントカプラーを用意すればM3を始めとするMマウントボディにも装着可能。もちろんデジタルカメラのM8やM9にも使用できる。さらに市販のマウントアダプターを使えば、マイクロフォーサーズやソニーNEX、リコーGXR MOUNTA12、富士フイルムX-Pro1、 サムスンNX、ニコン1、ペンタックスQなどのミラーレス機でも使用可能。バルナック型ボディでフィルム撮影するだけでなく、最新のデジタルカメラでも撮影が楽しめる。
 
バルナック型ライカのフィルムの入れ方


バルナック型ライカのシャッター音。

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中村 文夫(なかむら ふみお)

1959年生まれ。学習院大学法学部卒業。カメラメーカー勤務を経て1996年にフォトグラファーとして独立。カメラ専門誌のハウツーやメカニズム記事の執筆を中心に、写真教室など、幅広い分野で活躍中。クラシックカメラに関する造詣も深く、所有するカメラは300台を超える。日本カメラ博物館、日本の歴史的カメラ審査委員。
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