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Cinemachic Eyes

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Cinemachic Eyes
公開日:2015/04/21

収差レンズの可能性〜Meyer Optik Primoplan 58mm F1.9/PENTACON Prakticar 50mm F2.4/旭光学 Takumar 58mm f2.4

text & photo 上野由日路

OLYMPUS PEN E-P3 Meyer Optik Primoplan 58mm F1.9 ISO200 1/500 f1.9
モデル 青木志穏 (あおきしおん)


シャープなピント部になだらかなボケ。鮮やかな発色に四隅まで高いコントラスト。
そんな理想に近いレンズが誰にでも手に入ってしまう今、なぜかそんな現代レンズに魅力を感じられない自分がいた。

理由はいくつかある。誰もが持っている物に魅力を感じないというのも理由のひとつであろう。メーカーに決められた組み合わせに従いたくないというひねくれ根性もある。でもその最大の理由は個性が感じられないからだ。
確かにプロの道具に個性は要らないという考え方もある。われわれは間違いなく必要な写真を必要な瞬間に押さえなければならない。個性は二の次。とくに報道やスポーツ写真はそういった要素が濃い。また圧倒的に高いクオリティーが必要なジャンルも存在する。天体写真やネイチャーフォトはその代表であろう。味があっても不鮮明な写りなら意味をなさない。

ではポートレートはどうだろうか? ポートレート写真は、ある意味収差とうまく付き合うことで成立していたジャンルといえる。初めてのポートレートレンズといえるペッツバール人像鏡玉や、戦前の神話をほしいままにしたニコラペルシャイトも、多大な収差を抱えたレンズだ。タンバールも同じ。収差などの欠陥を光学技術の発展によってクリアし、性能を向上させてきたのが、レンズの歴史だ。そのような現代レンズの対極にオールドレンズは存在する。

性能の良し悪しは個々撮影者の好みだが、僕は収差を残しているレンズに魅力を感じてしまう。その収差が強烈であればあるほどその魅力は強い。しかもそんな強烈な収差を持ちつつピント部分は結像する。そんな悪魔的なレンズには魅入ってしまう。
今回はそんな収差が多いレンズの中でも、比較的手に入りやすいものを集めた。ポートレート域で充分な魅力を持ちながら、使いやすいレンズたちだ。



Meyer Optik Primoplan 58mm F1.9





エキザクタ(エギサクタ)用に1937年に登場した。当時、同じ焦点距離の中ではBiotarやXenonをおさえて最も明るいレンズであった。シュテファン・ロシュラインによる設計。


Primoplan構成図

エルノスタータイプのこのレンズは現在主流のガウスタイプとは異なりかなり独特なボケが特徴。やわらかい前ボケはピント面より後ろでは強烈な崩壊ボケを生む。バブルボケと二線ボケとグルグルと口径食が同時に起こるこのレンズのボケは言葉では言い表せない。収差がレンズ設計の毒だとすればこのレンズは猛毒だ。

OLYMPUS PEN E-P3 Meyer Optik Primoplan 58mm F1.9 ISO200 1/1600 f1.9
特徴であるバブルと柔らかさがよく出ている。この水彩画のようなタッチが写真を画のように見せてくれる。



OLYMPUS PEN E-P3  Meyer Optik Primoplan 58mm F1.9 ISO200 1/400 f1.9
やわらかい前ボケ、うっすらとハロのオーラを纏った被写体、その後ろの絵画的ボケはこのレンズのならでは。オールドレンズの魅力を凝縮したような写りだ。ここまで個性的なレンズは現代ではお目にかかれない。



PENTACON Prakticar 50mm F2.4





CarlZeiss Jenaは戦後さまざまな経緯を経て最終的にPENTACONに統合される。そのペンタコンで生産されていたのがこのPRAKTICARだ。Prakticarにはf1.4やf1.8もリリースされている。当然ポートレートであれば明るいレンズを選択すべきだがなぜF2.4なのか?それはこのレンズが、バブルぼけレンズであるからだ


Prakticar構成図

このレンズは先述のPrimoplanと同じエルノスタータイプの構成を採用している。しかもエルノスターの最初期の構成に非常に近い。新種ガラスやコーティングなどの戦後の技術を使って初代エルノスターを作ったらどうなるのか?そんな『if』を体現したレンズだ。


OLYMPUS PEN E-P3 PENTACON Prakticar 50mm F2.4 ヘリコイドアダプター ISO200 1/640 f2.4
ヘリコイドアダプターを使ってマクロ域で撮影。現代レンズのような安定した写り。


OLYMPUS PEN E-P3 PENTACON Prakticar 50mm F2.4 ISO200 1/400 f2.4
レンズには陰と陽の2種類があるように思える。このレンズは陽のほう。華やかな画がよく似合う。


OLYMPUS PEN E-P3 PENTACON Prakticar 50mm F2.4 ISO200 1/400 f2.4
被写体との距離が離れると共にザワザワがバブルになる。エルノスタータイプという1930年代の基本設計と近代の技術の融合により使いやすくオールドレンズのおいしさはそのままといったお得なレンズになっっている。

Prakticar50mmF2.4というレンズはシンプルな構成からは想像できないほどよく映る。ピント面はシャープで背景は暴れる。Primoplanよりも洗練された癖玉だ。コーティングのおかげでハロが押さえられコントラストがあがっている。発色もよく抜けもよい。少し引き目のバストアップで背景にはっきりバブルが出現する。多くのバブルレンズが光とヌケの関係をデリケートに設定しなければならないのに対しあっさりバブルが発生するこのレンズはとても使いやすい癖玉といえる。ただしこのバブルは少し絞ると消えてしまうため開放での撮影が必須となる。


旭光学(PENTAX) Takumar 58mm f2.4







Takumar構成図

日本初の一眼レフ、アサヒフレックス用の標準レンズ。 標準レンズとしてはとても珍しいオクシン構成。オクシンはフォクトレンダーで1903年に設計されたレンズでヘリアーの前群とダイナーの後群を併せ持っている。明るさをキープしながらバックフォーカスをとるという難題に取り組んだ結果の構成だと考えられる。

開放で撮影すると柔らかなハロが発生する。少し絞れば消えるが、今回はあえて開放で撮影した。適度なハロがポートレートではうれしい。
ポートレートレンズに必要なのはバランスだ。必要最低限のシャープネス、やわらかい描写、そしてポートレート撮影の距離でもっともパフォーマンスを発揮する設計。これらを奇跡的に併せ持っているレンズこそ優秀なポートレートレンズといえる。絞れば変わるシャープネスと、絞ってもボケの形が変わらない円形絞りの組み合わせは、ポートレートレンズではかなり高いアドバンテージを持っている。特に先述の2本と違いバブルボケではないこのレンズは少し絞って使うことも可能だ。



OLYMPUS PEN E-P3 PENTAX Takumar 58mm f2.4 ISO200 1/200 f2.4
全体的に柔らかな描写が春にぴったり合う。


OLYMPUS PEN E-P3 PENTAX Takumar 58mm f2.4 ISO200 1/200 f2.4
ハロによるソフト効果が絶妙な効果を生んでいる。ポートレートに最適だ。
オクシン構成という独特なレンズ構成によるものか前ボケも後ボケも柔らかい。


OLYMPUS PEN E-P3 PENTAX Takumar 58mm f2.4 ISO200 1/200 f2.4
レンズの描写がデジタル特有の生っぽさを緩和してくれる。


今回紹介したレンズは、いずれも独自の世界観を持ったレンズたち。それはいずれのレンズも、レンズ設計のカンブリア期ともいえる多種多様な時代に試行錯誤の上、出現した独自の設計だからだろう。

現代のポートレートの撮影の定番は、毛穴まで全部写して要らない部分を後から消す。つまりシャープネスの高い高発色のレンズで被写体の全てを写し取り不要な部分をレタッチで消すという手法だ。その際、背景のボケも無難な柔らかいボケが重宝される。しかし、そういった写真は被写体と背景の不自然なキレイさが目立ってしまうように思える。またレタッチにより人物もどこかペッタリと平面的になってしまう。レンズの向こうの被写体の体温を感じられないのだ。それはレタッチの功罪に他ならない。もちろん表現は様々であるからそういう狙いの写真が必要なこともある。

デジタルが高解像度化の一途をたどる以上、いやおうなしに描写力は上がる。描写力が上がる以上レタッチも必須になってくる。物撮りや建築写真、風景写真などでは、描写力のメリットと、レタッチのメリットの相乗効果によって、写真の品質を上げることができる。しかし、ポートレート写真においてはそうとも言い切れない。

今回紹介したようなレンズを使って描写力を適度に削ぎながら雰囲気を出す、レタッチを前提としないポートレート撮影も、一つの方法論ではないかと思う。


モデル 青木志穏 (あおきしおん)

<プロフィール>


上野由日路(うえの よしひろ)
山口県出身 1976年生まれ。六本木スタジオを経て独立。オールドレンズポートレートカメラマンとしてレンズごとのテイストを生かした表現を得意とする。オールドレンズの魅力を発信するためにワークショップ『オールドレンズ写真学校』やイベント『オールドレンズフェス』を主宰している。主な著書に『オールドレンズ銘玉セレクション』(玄光社)、『オールドレンズ×美少女』(玄光社)、『オールドレンズで撮るポートレート写真の本』(ホビージャパン)がある。

シネレンズ+美少女 CINEMA LENS+CHICS
http://raylow331.wix.com/cinemachics

上野由日路
http://raylow331.wix.com/raylowworks#

 

<著書>


オールドレンズ銘玉セレクション