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Cinemachic Eyes

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Cinemachic Eyes
公開日:2016/10/26

キノ精密工業製 KINO PRECISION KIRON 28mm F2

photo & text 上野由日路

ソニー α7 + KINO PRECISION KIRON 28mm F2
F2 . 1/200 . ISO100

オールドレンズで楽しむユーザーが増えてから、古いレンズが再評価されている。ご承知の通り、その評価の対象は、それは現代レンズのような高性能、高画質を対象としたものではなく、個々のレンズの写りの個性だ。
数多くのレンズが、再評価を受ける中でまだ埋もれているレンズも存在する。今回紹介するキノ・プレシジョン キロンもその一つだ。聞きなれない名称だが、日本のキノ精密工業製の製品である。キノ精密工業はアメリカの交換レンズブランド「Vivitrar」にレンズを供給していたサプライヤーとしてアメリカでは有名だ。Vivitarにはマミヤ光機、富岡光学、タムロン、コシナ、コミネなど名だたるメーカーがレンズを供給していたが、その中でもキノ精機は特別な存在だったようである。現在も続くVivitarのHPでもキノ精機は「日本のトップラインのレンズマニュファクチャー」と紹介されている。

キノ・プレシジョン キロン シリーズはキノ精密工業社が1980年に満を持して作った自社ブランドレンズである。1989年には写真レンズより撤退しているのでわずか9年間の生産だった。キロンシリーズは前述のビビターシリーズと同スペックのものを中心に24mm F2、28mm F2などの広角、105mmF2.8の等倍マクロ、28mm-85mm F2.8-3.8の高性能ズームレンズなど当時最先端のレンズラインナップを持っていた。

今回紹介するKINO PRECISION KIRON 28mm F2もVivitarに同スペックのレンズが存在する。
国産レンズでは28mmという焦点距離のレンズは普及機向けの廉価版レンズとして企画されることが多く、開放値もF2.8止まりのものが多い。しかしこのレンズは、F2という大口径。F2の広角といえば当時は非常に高価で特別なものであった。F2.8からたった1絞り明るくなっただけだが、レンズとしては倍の明るさになる。そのため光学設計は全くの別物となってくる。それだけ開発の苦労を伴うので、各社はF2クラスのレンズは広角レンズで人気のある焦点距離の24mmでリリースしている。しかし、このレンズは28mm F2というあまり企画されることのない光学設計にあえてつくられた、レアなレンズなのだ。



28mmのわりに大きな前玉を持つ。


レンズのつくりは非常に良い。金属部分の作りも丁寧でレンズとしての存在感がある。


このクロームメッキのマウントが非常に印象的だ。


ソニー α7 + KINO PRECISION KIRON 28mm F2
F2 . 1/640 . ISO100
レアなレンズは写りもレアである。普及モデルが開放値をF2.8で抑える狙いの一つとしては写りの安定感がある。しかしこのレンズはその安定感を捨ててあえて難しい領域に踏み込んでいる。写りの魅力はそんなギリギリの部分に存在している。最大の特徴は近接時のボケだ。放射状に起こる玉ボケは開放値の明るさと引き換えに増大する収差によるものであろう。この玉ボケを活かす為には、レンズと被写体、被写体と背景の距離感に細心の注意を払う必要がある。


ソニー α7 + KINO PRECISION KIRON 28mm F2
F2  1/100  ISO100
多くの撮影者は広角レンズにぼけ味を求めない。それは広角は引き画を広く撮るものだという固定概念があるからだと思う。通常ボケを求めるなら焦点距離50mm以上の大口径レンズを使えばいいということになる。
しかしこのレンズは広角でありながらボケ味の魅力が存在する。


ソニー α7 + KINO PRECISION KIRON 28mm F2
F2 1/640 ISO400
時に荒々しく、時に優美に。


ソニー α7 + KINO PRECISION KIRON 28mm F2
F2  1/320  ISO200
撮り手のイメージにあわせて様々な表情を見せてくれる。この振り幅が撮り手の表現力に直結する。安定感のないレンズこそ撮り手の力量次第で化けるのだ。



ソニー α7 + KINO PRECISION KIRON 28mm F2
F2  1/1000  ISO800
絵画のような非現実的なボケの中から力強く立ち上がってくる被写体は見るものの目をひきつける。印象派の絵画を思わせる写りだ。癖の強いレンズは、その癖を前面に押し出すことで、強い個性を表現に活かすことができる。



オリンパス  PEN E-P3 + KINO PRECISION KIRON 28mm F2
F2  1/160 ISO200
僕はこだわって造られた物には、作り手の意思が宿るのでないかと信じているが、このレンズにはその意思を感じる。間違いなく国産レンズの名品の一つだと思う。


ソニー α7 + KINO PRECISION KIRON 28mm F2
F2  1/320 ISO125


ソニー α7 + KINO PRECISION KIRON 28mm F2
F2  1/4000 ISO500
このレンズのすごいところは中距離では普通のスナップも撮れて、遠景も少し絞ってやれば普通に撮れる。内に秘めたものを持ちつつ普通の広角レンズとしても使える。それがこのレンズの最大の特徴といえる。実際に使ってみてレンズ設計者のこだわりがひしひしと感じられる。そんなレンズが国内にあるというのは非常にうれしい事だと思う。


このキロンブランドのレンズは80年から89年のわずか9年間しか発売されなかったが海外ではいまだに数多くのファンを持つレンズだ。僕も実際使ってみてその写りの面白さとレンズ自体の持つ魅力に魅入られた。海外では割と高めのこのレンズも国内ではたまに格安であるので掘り出し物を見つけてみるのもいいかもしれない。




<写真展情報>



上野由日路写真展
「オールドレンズ×ポートレート展」
会場: Studio ZENI.
日時: 11/4(金)-11/6(日)
11:00〜20:00(最終日は18:00)
入場無料 
写真展情報:http://camerafan.jp/cc.php?i=523
スタジオウェブサイト:http://www.komazawalocations.com/studio/zeni

<プロフィール>


上野由日路(うえの よしひろ)
山口県出身 1976年生まれ。六本木スタジオを経て独立。オールドレンズポートレートカメラマンとしてレンズごとのテイストを生かした表現を得意とする。オールドレンズの魅力を発信するためにワークショップ『オールドレンズ写真学校』やイベント『オールドレンズフェス』を主宰している。主な著書に『オールドレンズ銘玉セレクション』(玄光社)、『オールドレンズ×美少女』(玄光社)、『オールドレンズで撮るポートレート写真の本』(ホビージャパン)がある。

シネレンズ+美少女 CINEMA LENS+CHICS
http://raylow331.wix.com/cinemachics

上野由日路
http://raylow331.wix.com/raylowworks#

 

<著書>


オールドレンズ銘玉セレクション