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オールドレンズの奇跡

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オールドレンズの奇跡
ここにくるまで、どのくらいの時を刻み、幾多の国を渡ったのか…手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる"奇跡"を見せる。
さぁ、今宵もレンズが織り成す世界に興じてみようではないか。
公開日:2013/06/12

エルンスト・ライツ Summarex f=8.5cm 1:1.5

photo & text 上田晃司

Summarex f=8.5cmはライカLマウント。M9-Pに装着するにはL→Mマウントアダプターを必要とする。
Lens data
●生産国:ドイツ
●発売期間:1948〜1960年頃
●販売価格:890ユーロ(約99,000円)
●シリアル:Nr.1151020
●製造年:1954年頃
レンズが生まれた時代
このレンズの製造年は1954年(昭和29年)頃。当時の有名な出来事は、アメリカのビキニ環礁での水爆実験により第五福竜丸が被爆。戦後初の地下鉄、丸の内線開業。ボーイング707の原型機367-80が初飛行に成功。当時発売されたカメラはオリンパスフレックスA3.5 II、ペンタックスアサヒフレックスIIB、小西六写真工業コニフレックス IIなどがある。



前玉は大きく飛び出た形状ながら美しさがある。レンズの前玉を見る限りコーティングなどは施されてないようだ。フィルター径はE58を採用する。
絞り羽根の枚数はなんと17枚。絞り込むとほぼ円形になる。購入時は絞り羽根にオイルが付着していたため動きが悪かったが、修理によって回復した。
レンズは見た目以上に重く、スケールで計ってみるとその重量は829gもあった。Summarexの名に相応しいヘビー級レンズである。

「最高の王」と呼ばれるライカ唯一の85mmレンズ


エルンスト・ライツ(現ライカ)のSummarex f=8.5cm 1:1.5は、筆者がずっと探していた一本だ。開放F値は、F1.5と当時の中望遠レンズの中ではトップクラスの明るさを誇る。レンズ名はラテン語で「Summa」(=最高の)「rex」(=王)という意味が込められているという。製造された本数は少なくブラックは276本、クロームタイプも4,066本しかない。それゆえに実物はほとんど見かけないし、ウェブ上で販売されているものは価格が高騰している。「いつかは…」と思いながらも、なかなか手の出せなかった代物なのだ。今回オーストリアのカメラ屋で、絞り羽根にオイルが付着しているために安くなっていたものを見つけ、これぐらいならばと購入してしまった。

このレンズを愛機M9-Pに装着するにはL→M変換アダプターが必要となるが、実は85mm用のアダプターは存在しない。そのため、85mmのブライトフレーム(ファインダー内に撮影範囲を示す線)も出ない。数あるライカレンズの中でも85mmの焦点距離はこのSummarexのみで、数が少ないため用意されなかったのだろう。90mm用で代用してみると正確さには欠けるものの、大まかな構図や写る範囲を確認でき、これでよしとした。

実際に使ってみると開放F1.5では、ふんわりと柔らかい描写。開放F値が明るいオールドレンズにはただ乱暴にぼけるものも多いが、このレンズのボケはとろけるような滑らかさで、「王」にふさわしい気品が感じられる。F2.8まで絞ると口径食の影響もなくなり像もシャープとなる。
とても気に入り、何度か一緒に旅に出かけたが、香港で絞りリングを動かした際に、急に絞り機構が動かなくなってしまった。確認してみると、絞り羽根が無残な形で外れていた。運良く修理することができたが、3万円近い出費になってしまった。しかも、故障は絞り羽根に付着したオイルが原因とのこと。“安物買いの銭失い”とはこのことだろう。トホホ…。



香港の漁村に置いてあった椅子を撮影した。なんとも柔らかい描写がこの場所の湿度の高い空気感までをも写している。木の枝のボケも柔らかく美しい。(ライカM9-P  f2.8  1/750秒  ISO400  WB:7200K)


香港のトラム(路面電車)を撮影。開放から約1段絞ると口径食の影響も薄れ、点光源を入れた撮影も可能だ。柔らかい描写だがピント位置はシャープだ。(ライカM9-P  f2  1/60秒  ISO800  WB:3200K)


このレンズに相応しい被写体ペルシャネコを撮影した。開放では非常にソフトでピント位置以外は滑らかにぼけている。シルクのようにスムーズで上品なボケが王たる所以だ。(ライカM9-P  f1.5  1/60秒  ISO400  WB:3000K)


上田晃司のここがたまりませんっ!

フードは単品では探すのが難しいORQPOを採用。種類も数種類あるようだが、基本はバヨネットタイプだ。Summarexは巨大なため、フードを装着するとファインダーを覗いた時にフード先端がケラれる。そのためフードには被写体が見えるようにスリットが切ってあり、弱点を補う工夫が凝らしてある。また、収納時には逆さまに装着できコンパクトに収まる。


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価格:1,575円(税込)
著者:上田晃司

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「手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。
時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる“奇跡”を見せる」本書では上田晃司氏が魅了された全26種のレンズを軸に、その入手方法やカメラとの組み合わせ、レンズが描いた描写を大きく取り上げ、オールドレンズの魅力を余すところなく紹介。
上田晃司(うえだこうじ)

1982年広島県呉市生まれ。米国サンフランシスコに留学し、写真と映像の勉強しながらテレビ番組、CM、ショートフィルムなどを制作。帰国後、写真家塙真一氏のアシスタントを経て、フリーランスのフォトグラファーとして活動開始。人物を中心に撮影し、ライフワークとして
世界中の街や風景を撮影している。趣味は、オールドレンズ収集。

ブログ:「フォトグラファー上田晃司の日記