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オールドレンズの奇跡

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オールドレンズの奇跡
ここにくるまで、どのくらいの時を刻み、幾多の国を渡ったのか…手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる"奇跡"を見せる。
さぁ、今宵もレンズが織り成す世界に興じてみようではないか。
公開日:2012/08/15

キヤノン Serenar 50mm F1.8 I(Sレンズ)

photo & text 上田晃司

シルバーの鏡胴は、デザインという観点から見てもライカM9と相性が良く、クラシカルな雰囲気を引き立てる。
Lens data
●生産国:日本
●発売期間:1951年1月〜不明
●販売価格:24,000円
●シリアル:No.1480821
●製造年:1951年頃
レンズが生まれた時代
このレンズの製造年は、1972年から1年間程。72年は当時の日中首相である田中角栄氏と周恩来氏が日中共同声明が調印し、日中国交正常化が実現。グアム島で元日本兵、横井庄一氏が発見され、ポツダム宣言から約28年経って帰国。同氏の「恥ずかしながら帰って参りました」という発言が流行語となった。






絞り羽根数は10枚。完全な円形ではないものの綺麗な形を作っている。こうしたオールドレンズの絞り機構には、モノとしての品位が高く感じられる。  レンズの鏡胴は金属で作られていて高級感を醸し出す。その代わり重さは270gと、コンパクトな割りに重量感がある。フォーカスはフィート表記になっている。  純正のフードは、ねじ込み式ではなくかぶせ式。ネジでレンズに固定するため落下の心配はない。ただし、M9の場合はファインダーが少しケラれる。

名作と呼ばれるレンズを名作として味わえる幸せ

いつものようにネットでレンズハンティングをしていると「近代光学史にその名を残す名作レンズ」という触れ込みのキヤノン「Serenar 50mm F1.8 I」に出会った。6月号でご紹介した「50mm F1.8 II」の前機種にあたるレンズだ。

最近は、もっぱらジャンク探しに精を出していたのだが、評価は「美品」。しかし既に心は奪われていたのだろう、「名作レンズならば良い物を」と自分に言い聞かせ、ネットオークションに参加することにした。当初の予算は2万円までと考えていたのだが、最終的に数人の方と熾烈な争いを繰り広げたため、「あと1000円」、「あと1000円」と入札してしまい、気づけば24,000円で落札(苦笑)。…これだからオークションは恐ろしい。

落札の翌日にはレンズが手元に届く。毎度ながら日本の物流の優秀さには関心させられるものだ。この場を借りてお礼を述べておこう。そして通販やオークションで購入したものは、いざ箱を開ける時がたまらない。ビリビリっと緩衝材をはがした瞬間に、レンズの吉凶がはっきりとするので、とてもドキドキするのだ。

結果は本当に60年前のレンズなのかと思わせるほど美しい個体だった。レンズ内をLEDライトで照らしても、少し大きめのホコリが入っている程度。大事に使われていたのか、あまり使われていなかったのかはわからないが、評価どおりの美品と言っていいだろう。また付属するフードは、きちんと純正の革ケースに収まっており、気分を大いに盛り上げてくれた。

そして実写である。レンズはライカL型と同じマウントを採用しているため、LMアダプタを介してライカM9に装着。部屋で試写してみたところ、描写と絞り値を変える際の絞りリングの心地よさに思わずテンションがあがってしまい、勢いのままに都内から車を走らせ京都でスナップすることにした。お寺や祇園などで撮影したが、写りは優しく繊細。絞り開放時の周辺減光も滑らかなグラデーションを描く。名作と呼ばれるものを名作として味わえる幸せ。プライスレス!


祇園の街を歩く舞妓さんをスナップ。絞りをf2.8まで絞ればかなりシャープな描写になる。画像等倍で見てみると着物の模様もしっかり描写している。(ライカM9  f2.8  1/500秒  ISO400)


文具屋さんのドア越しに可愛い犬を見つけた。絞り開放で撮影したところ画面周辺が減光する(暗くなる)。味わいがでていい雰囲気に仕上がる。(ライカM9  f1.8  1/45秒  ISO160)

京都伏見稲荷大社のお稲荷さまを撮影してみた。背景のボケは非常に滑らかで繊細。発色もよく、絞り開放付近でもしっかりとコントラストがある。(ライカM9  f2  1/60秒  ISO160)


上田晃司のここがたまりませんっ!

「Serenar 50mm F1.8 I」に付属していた純正のアクセサリーも物欲をそそる。レンズキャップは、メタル製で旧キヤノンのロゴがプレスされている。またケースも純正品でフードとフィルター、レンズキャップを収納できるようになっている。
 

「オールドレンズの奇跡」は、フォトテクニックデジタル誌にて連載中です。



上田晃司(うえだこうじ)

1982年広島県呉市生まれ。米国サンフランシスコに留学し、写真と映像の勉強しながらテレビ番組、CM、ショートフィルムなどを制作。帰国後、写真家塙真一氏のアシスタントを経て、フリーランスのフォトグラファーとして活動開始。人物を中心に撮影し、ライフワークとして
世界中の街や風景を撮影している。趣味は、オールドレンズ収集。

ブログ:「フォトグラファー上田晃司の日記