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オールドレンズの奇跡

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オールドレンズの奇跡
ここにくるまで、どのくらいの時を刻み、幾多の国を渡ったのか…手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる"奇跡"を見せる。
さぁ、今宵もレンズが織り成す世界に興じてみようではないか。
公開日:2012/10/11

キヤノン Serenar 35mm F3.5(Sレンズ)

Photo & text 上田晃司

L→Mマウントアダプターを介してライカM9に装着。厚みはマウント部から約2cmと薄く、前玉は直径1cmもないほどだ。
Lens data
●生産国:日本(海外専用モデル)
●発売年:1950年
●購入価格:23,500円
●シリアル:No.60654
●製造年:1950年頃
レンズが生まれた時代
このレンズの製造年は1950年(昭和25年)頃。当時、GHQの最高司令官であったマッカーサーが日本の自衛権を認め、自衛隊の前身である警察予備隊が発足。海外では朝鮮半島の主権を巡り、北朝鮮と韓国が武力衝突し、朝鮮戦争が勃発した。オリンパス光学工業(現:オリンパス)が、世界初の胃カメラ「ガストロカメラ」を発売した年でもある。






絞り羽根数は6枚。絞り機構にストッパーがないため、絞りは無段階に調整できる。この玉は残念ながら中玉に大きな曇りがある。味と言えば味だが…。
 レンズの重量は約185g。ピントレバーがついており無限遠で固定できる。海外モデルのためフォーカス指標はft表示。最短撮影距離は3.5ft(約1m)だ。
 純正の外付けファインダーが付属していた。眼鏡常用の筆者には辛いが、接眼部を回すとファインダーの角度を変えることができ、距離による誤差を補正できる。

海を渡ったレンズがもう一度母国に足を踏み入れるロマンにかけたが…

購入したばかりのLUMIX GF3に似合うレンズはないかと探していた折、日本の大手オークションサイトでキヤノンSerenar 35mm F3.5と出会った。このレンズは過去に紹介したキヤノン50mm F1.8 IIと同様にSマウント。つまりライカLマウントと同じ形状をしている。ライカSummaron 35mm F3.5に時代もデザインも近いものがあり、現在はトップメーカーであるキヤノンの黎明期を思わせる。

異なるのはSummaron 35mm F3.5には絞りリングにクリックストッパーがあるのに対し、キヤノン機にはなく無段階の調整となっている点。使用感はライカの方が上だろう。ただし、キヤノン機も鏡胴や指標などの刻印は味わいがあり、出来は悪くない。さらにSerenar 35mm F3.5は海外専用モデルである。一度は海を渡り、人の手を介して母国へと帰国したという経緯を考えると、ロマンを感じずにはいられない。

今回は、美品という評価で23,500円とそれなりの価格だったためか、他のバイヤーと争うことなくあっさりと落札できた。早速、レンズをチェックをしてみると、外観はメタルボディがキラキラと輝き、美しさを見せている。ところがである、レンズの中玉辺りにびっしりと水滴だか気泡だか判別のつかぬものがあり、ジャンク扱いでもおかしくないほどだ。まさかの大失敗だったのである。日本のオークションでこれほどの落差はなかったので、気が緩んでいたこともあったのだろう。とにもかくにも私の心は大きな敗北感に支配された。

憂鬱な気分を引きずりながらも撮影をしてみると、予想通り。木漏れ日や電球などの光源を写せば、ハイライトのにじみが美しく品はあるものの、コントラストのない日かげでは、ひたすらぼんやりとなってしまい使えない。被写体はかなり限定されてしまうだろう。ただ、ピント位置を見てみるとシャープな描写をしているので、レンズの状態がよければキレのある写りを見せていたのかもしれない…うーむ。



昭和の雰囲気漂うカフェを撮影。ネオンや照明のハイライト部がソフトで、被写体のトーンにマッチしている。ピントの合っている部分はシャープだ。(ライカM9 1/12秒 ISO160 WB:3000K)


LUMIX GF3に装着すると、焦点距離は70mm相当に。そもそも最短撮影距離が約1mと近接撮影には弱いレンズなので、焦点距離が2倍になるのはありがたい。(パナソニックLUMIX GF3 1/4000秒 ISO160 WB:7000K)


日が傾き、木漏れ日が落ちる公園のベンチを撮影した。木漏れ日の部分はふんわりと輝き、夕日の優しい光を表現できている。ボケの部分は流れがあり、粗めな印象。(ライカM9 1/125秒 ISO160 WB:6000K)

※絞り値は無段階調整のため、数値不明


上田晃司のここがたまりませんっ!

サイズ、デザイン共にGF3によく似合う。ボディにはライカL→MアダプターとライカM→M4/3アダプターを介して装着している。クラシカルなレンズフードを付けてもよさそうだ。
 

CAMERA fanで「キヤノン Sレンズ(ライカLマウント) 」を探してみよう!



「オールドレンズの奇跡」は、フォトテクニックデジタル誌にて連載中です。



上田晃司(うえだこうじ)

1982年広島県呉市生まれ。米国サンフランシスコに留学し、写真と映像の勉強しながらテレビ番組、CM、ショートフィルムなどを制作。帰国後、写真家塙真一氏のアシスタントを経て、フリーランスのフォトグラファーとして活動開始。人物を中心に撮影し、ライフワークとして
世界中の街や風景を撮影している。趣味は、オールドレンズ収集。

ブログ:「フォトグラファー上田晃司の日記