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オールドレンズの奇跡

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オールドレンズの奇跡
ここにくるまで、どのくらいの時を刻み、幾多の国を渡ったのか…手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる"奇跡"を見せる。
さぁ、今宵もレンズが織り成す世界に興じてみようではないか。
公開日:2012/06/11

キヤノン 50mm F1.8 II(Sレンズ)

Photo & text 上田晃司
コンパクトなレンズで、小さめのLUMIX GF2に装着してもしっくりくる。画角は100mm相当と望遠になる。
Lens data
●生産国:日本
●発売期間:1956〜不明
●現在の販売価格:2,000〜15,000円程度
●シリアル:No.290904
●製造年:1956年頃
レンズが生まれた時代
このレンズの製造年は1956年(昭和31年)頃。この年は日本山岳会の第三次マナスル登山隊がヒマラヤ山脈のマナスル山登頂に成功。後にこれを記録したドキュメンタリー映画『標高8125米 マナスルに立つ』が公開され、日本における登山ブームの幕開けになった年でもある。当時の国立大学授業料は年額9,000円だった。



レンズ前玉はいくら掃除しても油分たっぷり。誰かがグリスをバターのように塗ったとしか思えない。レンズ中央部近くにはレンズの損傷(欠け)が確認できる。

GF2とはレンズマウントが異なるため、RAYQUAL製の「4/3→Mマウントアダプター」に加え、ノーブランドの「M→Lマウントアダプター」を使って装着。

レンズはアンバー色に鈍く光り、内部のレンズには濃い“クモリ”が確認できる。ムラはあるものの、ほぼ全体を覆っている。後玉は奇跡的に綺麗な状態だ。


ジャンクレンズにしか出せないファンタスティックなトーン!

今回入手したのは、キヤノンの「50mm F1.8 II」。といっても、もちろん現行のモデルではなく、ライカLマウント規格と同様の形状をしたキヤノンSマウント用のレンズだ。入荷したばかりなのか、中古カメラ店の中央に鎮座しており、「買ってくれ」と言わんばかりのオーラを漂わせていたので、お店の人に見せてもらうことにした。

レンズの説明には「クモリあり」とのこと。見てみると、内部のレンズに見事な(?)クモリが確認できた。鏡胴はガタツキ、前玉には無数の傷、そしてレンズ面はグリスらしきものでベタベタ…誰が見てもジャンク品だ。
ジャンクとは、本来の性能を一部もしくはほとんど発揮できない状態のことで、故障している物やレンズにカビやクモリなどがあるものが多い。ただし、その分価格はグッとお手頃になり、このレンズも税込で2,100円。なんとか写りそうなので試しに購入してみることにした。お財布に優しいレンズだったので、ついでに2,500円(レンズより高い)の海外製マウントアダプターも購入。

自宅に戻り、まず前玉の油分を取り除くために清掃をしたが、色々な液体を使ってもほとんど油分はとれず…。あきらめてライカM9に新品のMLアダプターをつけて装着したが、どうも購入したアダプターとM9の相性がよくない。少し力ずくで押しこんだ結果、レンズがボディから外れなくなってしまった。そして少し力ずくで外した結果、大事なM9のマウントに傷が付いてしまった(泣)。…というわけで、香港で買った900円のマウントアダプターに交換し、泣きながら撮影することになった。

色々と撮影してみたが、その写りを一言でいうならばファンタスティック! あたかも夢の中にいるような幻想的な画が広がる。これはカメラの撮影モードやソフトウェアの後処理で作り出すのとはまるで別次元だ。逆光気味の光で撮影してみると、順光よりさらにソフトトーンになり、ハイライトがとても美しい。M9の傷もこのレンズで撮ればきっと目立たないだろうな。ハハハ…。

山に沈む太陽と飛行機雲を撮影した。f4まで絞っても、柔らかさはほとんど変わらない。フルサイズで撮影すると周辺減光が目立つが、イメージの良いアクセントになっている。(ライカM9  f4  1/2000秒  ISO160  WB:曇り)

 
LUMIX GF2に装着して、河原を散歩していた犬を撮影。逆光によるハレーションとレンズのクモリによって幻想的な写真に仕上がった。ボケも素直でとても柔らかい印象。(パナソニックLUMI
X GF2  f2  1/400秒  ISO100  WB:曇り)

犬が夕日に向かって走るというドラマのようなシーンを撮影した。河原とのマッチングがなんとも言えない。ここでもソフトトーンが状況を際立たせている。(パナソニックLUMIX GF2  f2  1/800秒  ISO100 WB:曇り)


上田晃司のここがたまりませんっ!

このレンズはコントラストが低いためか、順光、逆光に関わらずハイライトの部分がとても綺麗でソフトな描写を楽しむことができる。夕日が当たるタンポポの綿毛を撮影すると、白い綿毛がキラキラと輝くような、何とも言えない美しさを見せてくれた。
 


「オールドレンズの奇跡」は、フォトテクニックデジタル誌にて連載中です。


上田晃司(うえだこうじ)

1982年広島県呉市生まれ。米国サンフランシスコに留学し、写真と映像の勉強しながらテレビ番組、CM、ショートフィルムなどを制作。帰国後、写真家塙真一氏のアシスタントを経て、フリーランスのフォトグラファーとして活動開始。人物を中心に撮影し、ライフワークとして
世界中の街や風景を撮影している。趣味は、オールドレンズ収集。

ブログ:「フォトグラファー上田晃司の日記