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オールドレンズの奇跡

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オールドレンズの奇跡
ここにくるまで、どのくらいの時を刻み、幾多の国を渡ったのか…手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる"奇跡"を見せる。
さぁ、今宵もレンズが織り成す世界に興じてみようではないか。
公開日:2012/03/15

アンジェニュー TYPE F.28 1:3.5 RETROFOCUS TYPE R11

photo + text 上田晃司
何十年ぶりの故郷だろうか。エッフェル塔前で記念撮影。ニコンD7000に装着すると35mm判換算で42mm相当の画角になる。
Lens data
●●生産国:フランス
●発売期間:1953年〜不明
●現在の販売価格:25,000〜90,000円程度
●シリアル:425627
●製造年:1956年
レンズが生まれた時代
第1回に引き続き、筆者はどうも1956年のレンズに縁があるようだ。このレンズも1956年製(昭和31年)だ。 今回は、フランスに関わる主な出来事を見てみよう。モロッコ、チュニジアがフランスから独立。 また、フランス、イギリス、イスラエルがエジプトのスエズ運河の国有化に対して軍事行動を行った「第二次中東戦争勃発」の年でもある。


 
鏡筒は美しい艶のあるブラックとリングはシルバーという美しいデザイン。F値のステップは無段階で調整できる。レンズ構成は、6群6枚構成だ。

マウント部分は、ニコンマウントに改造されているようで、ミラー干渉しないように鏡筒の一部が丁寧に削られている。購入後に気づいたのだが…。  レンズのコーティングは、パープルとマゼンタ色。前玉の周囲に刻印された「PARIS」の文字が、所有欲をかきたててくれる。やっぱりいいな、パリ。

PARISの刻印が洒落た写真を撮っているような気分にさせてくれる

フランス映画の独特の雰囲気や香りを感じさせるレンズがある。映画用のレンズで有名なフランスの光学機器メーカー「アンジェニュー」だ。同社は一時期スチル用のレンズも製造しており、1950年には「レトロフォーカス」を発明したことでも有名だ。

今回は、言わずと知れた銘玉「P.ANGENIEUX PARIS TYPE F.28 1:3.5 RETROFOCUS TYPE R11」をご紹介しよう。1953年に発表され、前期型と後期型が存在する。筆者のレンズは、後期型と思われる。このレンズとの出会いは、海外のネットオークション(eBay)だった。 過去にあまり良い思い出がないのだが、予算内で珍しいニコンマウントが手に入るということで、つい即決してしまったのだ。

落札から2週間後に約9,000km離れたポーランドからレンズは無事到着した。この頃のアンジェニューレンズは傷みが激しく状態の良い物は少ないが、届いた個体は綺麗。外観も艶やかなブラックで、リング部分はシルバーで美しい。しかし、ヘリコイドは軽くスカスカ(筆者はヘリコイドには強い執着心を持つタイプなのだ)。60年近く経つレンズだから仕方ないと自分に言い聞かせ…我慢である。また「MADE IN FRANCE」、「PARIS」の文字が彫ってあり、この文字を見ているだけでおしゃれな写真が撮れる気がしてくる。

筆者はこのレンズを手にしたら、パリへ行こうと考えていたため、チケットを取って一路パリへ向かった。このレンズにとっては、何十年ぶりの故郷だろうか、考えるだけでも楽しい。滞在中は、ニコンD7000に装着してスナップ撮影。ファインダー越しにみる風景は、柔らかく冬のパリの街にはぴったりだ。

コントラストは控えめだが、階調は広く、クリーミーで濃厚な描写をしてくれる。特にアンバーとマゼンタよりの色みが強いため、暖かい雰囲気に仕上がる。逆光時には大きめのフレアが写り込み、太陽光が反射する髪の毛や金属部分などの輝きを強調してくれる。最新のデジタル一眼レフカメラに着けても、本来の上品な描写は失われず、それはパリの空気感まで写しているようだった。

   
太陽に照らされる公園があまりにも美しかったのでシャッターを切った。逆光のためフレアが発生しているが、これもアクセント。また、日の当たっている芝や、ベンチに座っている人物の髪には、柔らかで落ち着きのあるハイライトの輝きが見える。
 夕日に照らされるストリートを撮影した。日差しを受けて輝く街灯がとても美しい。やわらかい描写が、この場の空気感をそのまま写し出しているように感じる。また、コントラストが控えめのため、シャドウ部もハッキリと描写しており階調の豊かさが窺える。


上田晃司のここがたまりませんっ!

このレンズの美しさの秘訣は、やはり控えめなコントラストに加え、濃厚な描写ができることだろう。文字にすると矛盾するようだが、逆光時よりも順光や曇りの日にはこの描写を楽しむことができる。写真は曇りのパリを撮影したものだが、雲の階調の豊かさと色の濃厚さによるクリーミーで上品な描写が癖になる。
 


「オールドレンズの奇跡」は、フォトテクニックデジタル誌にて連載中です。


上田晃司(うえだこうじ)

1982年広島県呉市生まれ。米国サンフランシスコに留学し、写真と映像の勉強しながらテレビ番組、CM、ショートフィルムなどを制作。帰国後、写真家塙真一氏のアシスタントを経て、フリーランスのフォトグラファーとして活動開始。人物を中心に撮影し、ライフワークとして
世界中の街や風景を撮影している。趣味は、オールドレンズ収集。

ブログ:「フォトグラファー上田晃司の日記