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オールドレンズの奇跡

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オールドレンズの奇跡
ここにくるまで、どのくらいの時を刻み、幾多の国を渡ったのか…手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる"奇跡"を見せる。
さぁ、今宵もレンズが織り成す世界に興じてみようではないか。
公開日:2012/05/17

カールツァイス Planar 1:2.8 f=80mm T*

photo & text 上田晃司
ニコンD7000に装着。美しいクロムの鏡胴は芸術品に近く、パープルとイエローに輝くT*コーティングに惚れ惚れする。
Lens data
●生産国:西ドイツ
●発売期間:1970〜1973年頃
●現在の販売価格:60,000〜90,000円程度
●シリアル:Nr5048201
●製造年:1970年
レンズが生まれた時代
1970年(昭和45年)は「人類の進歩と調和」をテーマに77カ国が参加した「日本万国博覧会」が開催された。また日本航空の旅客機「よど号」が赤軍派にハイジャックされる事件、よど号ハイジャック事件が発生。月面着陸を目指していたアポロ13号が不慮の事故にも関わらず乗組員全員が無事帰還した年でもある。



ハッセルブラッド用レンズのため、マウントアダプターを介して装着。フォーカスリングの回転方向はニコンレンズと逆さなために少々違和感がある。

「MADE IN WEST-GERMANY」(西ドイツ製)の彫りこみから下地の真鍮が見えて格好いい。手元に来るまでに少なくとも西ドイツ→アメリカ→日本と旅をしている。

マウントアダプターは、香港のカメラ用品屋で購入。メーカーは不明。精度は悪く、工業油のキツイ臭いがする。箱にはなぜか「LENS HOOD」の文字が…。


まさかの低価格と「上良品」という評価に騙されはしたが写りは本物だ

ハッセルブラッドのカメラやレンズは、学生時代からひとつの憧れだった。堅牢な造りと、幾多の名カメラマンが手にしてきたというブランド。それだけに価格は決して可愛くないのだが、昨今のデジタルカメラの隆盛により、ようやく手の届くところになってきた。

今回は筆者が手に入れたハッセル用レンズの中でもお気に入りの一本、カールツァイス「Planar 1:2.8 f=80mm T*」をご紹介しよう。このレンズは鏡胴がクロムのモデルだが、T*コーティングが施されている。同タイプの中でも製造本数の少ない希少なタイプになる(T*コーティングされたレンズの多くがブラックモデルになるため)。ちなみにT*コーティングがないものは通称「non T」と呼ばれ、多少価格が下がる。

レンズは2010年にアメリカ大手のオークションサイトebayで落札したものだが、当時は円高の恩恵もあり、日本の市場価格の半額に近い465ドルで落札できた。しかも、入札時の説明文に書いてあった評価は「EX+(上良品)」。ところが到着したレンズは光学系にゴミの混入があるわ、ヘリコイドもスカスカ。さらに汚い字で数字の彫りこみもある、さすがは海外オークションである。その評価のずさんさを改めて知ることになった。結局このレンズは、修理屋に入院。レンズクリーニングとヘリコイド調整で結局3万円ほど掛かってしまった。

何気なく彫りこみのあった数字を調べてみると、どうやらアメリカのソーシャルセキュリティーナンバー(社会保障番号)のようだ。アメリカではとても大事な個人情報なのだが…どうやら、持ち主が入れたみたいだ。高価で美しいレンズにも数字を彫ってしまう辺りがアメリカ人ならでは(笑)。これも“味”と見ようではないか。

今回はニコンD7000とのセッション。画質は言うまでもないのだが、開放の描写が柔らかくて、やっぱり、ハッセルブラッドはいいなぁと思ってしまう。ただ、APS-Cカメラに装着すると120mm相当の焦点距離になってしまうのが難点だが…。

 撮影中に偶然通り掛かった少年たちを撮影した一枚。35mm判換算で120mm相当と路地で人物を撮るには長めだったが、表情の良いカットになった。(ニコンD7000  f2.8  1/100秒  ISO500)

 インドで路地に路駐していたレトロな車両を撮影。f4まで絞ると現代のレンズにも負けないシャープな写りを見せてくれる。等倍表示でも、タイヤの溝までしっかり描写しているのがわかる。(ニコンD7000  f4  1/1600秒  ISO100)

レストランの勝手口から顔を出した犬を撮影。絞りを開放にすると、ローコントラストでソフトな描写になる。(ニコンD7000  f2.8  1/320秒  ISO400)


上田晃司のここがたまりませんっ!

レンズの鏡胴に掘り込まれたソーシャルセキュリティーナンバーを一部モザイク処理で紹介。逆の意味でたまりません!
 

「オールドレンズの奇跡」は、フォトテクニックデジタル誌にて連載中です。



上田晃司(うえだこうじ)

1982年広島県呉市生まれ。米国サンフランシスコに留学し、写真と映像の勉強しながらテレビ番組、CM、ショートフィルムなどを制作。帰国後、写真家塙真一氏のアシスタントを経て、フリーランスのフォトグラファーとして活動開始。人物を中心に撮影し、ライフワークとして
世界中の街や風景を撮影している。趣味は、オールドレンズ収集。

ブログ:「フォトグラファー上田晃司の日記