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オールドレンズの奇跡

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オールドレンズの奇跡
ここにくるまで、どのくらいの時を刻み、幾多の国を渡ったのか…手に取れば物語を想像させるオールドレンズ。時代によって培われてきた描写は、光学的に計算されたそれとは異なる"奇跡"を見せる。
さぁ、今宵もレンズが織り成す世界に興じてみようではないか。
公開日:2012/02/01

エルンスト・ライツ Summarit f =5cm 1:1.5

photo + text 上田晃司
15 枚の絞り羽根はこのレンズの魅力の一 つ。まるで映画「007」のオープニングシー ンのようだ。
Lens data
●生産国:ドイツ
●発売期間:1949-1959年
●現在の販売価格:25,000〜60,000円程度
●シリアル:Nr.1419059
●製造年:1956年
レンズが生まれた時代
このレンズが製造されたのは1956年(昭和31年)。当時の有名な出来事は、南半球で史上初となる夏季オリンピック、メルボルンオリンピックが開催。 当時の日本は、日ソ共同宣言により日本とソ連の国交が回復。また、日本は80番目の国際連盟加盟国となった。タロ・ジロで有名な第一次南極観測隊が派遣された年でもある。


  
レンズは5群7枚。レンズにはコーティングが施してある。フィルター径は41mm。角型フードがスタイリング的にマッチしていて、所有欲を盛り上げる。

 絞りリングは、適度なクリック感がある。また、ヘリコイドは適度な重さがあり操作しやすい。無限遠ロックの「カチッ」という感覚も操作していて癖になる。  このレンズにはスクリューマウントとMマウントの両方が存在する。筆者のレンズMマウント。そのため、マウントアダプターなしでM9に取り付けできる。 

現代のレンズには感じられない造りのよさや描写に惚れた

オールドレンズの魅力は、現代の優れたレンズには少ない「粗」といっても良いだろう。フレアやゴースト、ソフトフォーカスなんて当たり前。しかし、だからこそレンズの「味」を楽しむことができるのだ。それに加え、筆者の場合は「曇り」「カビ」など、通常では欠陥として扱われるようなレンズも好きで収集している。そういった、欠陥部分とオールドレンズの味が合わさると、時に「奇跡」の描写をしてくれることがあるのでやめられない。また、オールドレンズの多くが50、60、70年前の物も多く歴史などと一緒に照らし合わせてみると面白く、所有欲がふつふつとわいてくる。今回紹介するレンズは、1956年製エルンスト・ライツ社(現・ライカ)の「Summarit f = 5cm1:1.5」だ。このレンズは、偶然立ち寄った銀座の中古カメラ屋で見つけ、5 分で即決してしまうほど魅力的な物だった。初めて手に取った時の印象は、レンズというよりはモノとしての出来の良さを感じた。鏡胴は真鍮製で重量300gズッシリと重い上、真鍮の質感が物欲をそそる。ヘリコイドのスムーズさは適度な重さで非常にスムーズ、無限遠のストッパー機構の「カチッ」というフィーリングもたまらない。また、絞り羽根は15 枚で構成されており、もはや芸術と言っても過言ではない。ここで完全にノックアウト、手はレンズから財布に…そして、このレンズには、画質に影響するバルサム切れと薄い曇りがあるため、ライカのレンズにしては27,000 円と比較的お手頃価格で購入できた。
描写は、期待通りの柔らかい描写。元々の開放でのソフトな描写に曇りの部分が合わさり、ポヤポヤ。特に、逆光や電球、蛍光灯のハイライト部分のにじみが柔らかく美しい。夜のスナップを撮影すると光源のにじみが強調され雰囲気のある写真に仕上がり、気品すら感じさせる。開放時のボケは、少し粗いがこれも味と言っていいだろう。f 4くらいまで絞れば画像も安定してくるが、そもそも安定した画像を求めていないので開放からf 2 の間で使っている。コントラストは低く、その反面階調が豊かな写真に仕上がる。このレンズは、「粗」の部分が優秀すぎるため、今の所夜スナップには欠かせないレンズとなっていることは、言うまでもない。

澳門(マカオ)のアパートの雰囲気ある入り口に向けシャッターを切った。蛍光灯のにじみや絶妙なトーンで表現された暗部が美しい。ボケの線は細めでディテールを残している。
(ライカM9f1.5 1/45秒 ISO160 WB:オート JPEG)


 インド・グルガオンの市場。行き交う人の中に美しい緑のサリーを着た人が目に入りシャッターを切った。何ともいえない柔らかい描写が被写体をさらに強調してくれる。また、階調が豊かなためシャドウから空にかけきっちりと写っている。
(ライカM9f1.5 1/4000秒 ISO160 WB:オート JPEG)

 
 夜中の香港の路地裏。人々がいなくなった路地裏は猫たちの世界に変わる。ソフトな描写のため街灯の光が柔らかく雰囲気がある。絞り開放のためポヤポヤしているが、猫がじっとこちらを見ていることは窺える。
(ライカM9 f1.5 1/45秒 ISO160 WB:オート JPEG)

上田晃司のここがたまりませんっ!

このレンズの特徴は、逆光時の描写の美しさにある。レンズはコーティングが施されておりフレアはやや軽減されているが、盛大に出る。特に筆者のレンズは薄曇りやバルサム切れによりフレアが目立つ。そのおかげで、逆光時に雰囲気のある写真に仕上がる。また、光の強さや角度によって稀に十字架のようなマーク? が現れる。 
 
上田晃司(うえだこうじ)

1982年広島県呉市生まれ。米国サンフランシスコに留学し、写真と映像の勉強しながらテレビ番組、CM、ショートフィルムなどを制作。帰国後、写真家塙真一氏のアシスタントを経て、フリーランスのフォトグラファーとして活動開始。人物を中心に撮影し、ライフワークとして
世界中の街や風景を撮影している。趣味は、オールドレンズ収集。

ブログ:「フォトグラファー上田晃司の日記